法話・感話

永代経法要 法話
2022.4.8|法話・感話

太田第一公園のユキヤナギが満開

 

 

「私は正しい」。争いの根はここにある。

 

 これは、あるお寺の掲示板に記されていたお言葉です。自分のことを言われているようで、ドキッとしました。また、「なるほどその通りだ」と思いました。

 

 「私が正しい」と主張するとき、それは「あなたが間違っている」ということになります。そんなつもりはなく、私の意見を分かって欲しいのだと思いながら、相手を否定してしまう時があります。日常生活をしていく上で争いになれば、その争いの元になった事実の確認をする、記憶が間違っていないかお互いに確認するなど、「正しいこと」と「間違っていること」は確かにあるのでしょう。ですから、相手の人と「正しい」、いや「間違っている」と議論することは大切なことです。しかし、その議論が、相手の人を批判し否定し、時には断罪するためになっていることがよくあるように思います。

 

 親鸞聖人は「われもひとも、良し悪しということをのみもうしあえり(私も他の人もみんな、良し(=正しい)、悪し(=間違ってる)ということばかり言い合っている」と、自身も含めて嘆き悲しんでおられます。

 でも、大切なのは、目の前の人との人間関係ですよね。目の前の人に、自分が正しく相手が間違っているという関係は、争いを招き、傷つけ合う結果となってしまいます。私たちはよく間違えます。過去に「私が正しい」と言い張ったことでも、時間がたてば、「ああ、間違っていた」ということはよくあることです。「正しい」と自己主張し合う関係よりも、間違っていたことを相手の方から教えられ、お互いを認め合う関係が結べたら、と願います。

                                      (大橋恵真師、法話レジュメより)

ロシアのウクライナ侵攻に

枝垂れ梅が咲き始めました。

 

 

 

月参りでロシアの侵攻の話になりました。

 

奥さんは、「絶対戦争はあかんで!」と言っておられました。

「あかんあかん、絶対あかん」「戦争したら無茶クチャやで!」と。

 

太平洋戦争の末期、当時は和歌山におられて終戦を迎えられたそうです。

尋常小学校1年、それでも町の上空をたくさんのB29爆撃機が飛んできて

爆弾や焼夷弾を落としていくのをしっかり覚えておられました。ゴーーンという音、

銀色の大きな機体は忘れられないという。

 

遠くに和歌山城が見えたのですが、天守閣が爆撃を受けてガラガラと

燃えながら、崩れていくのが今でも目に焼き付いているとのこと。

 

お母さんが横の川に防空頭巾を浸けて、頭に被せてもらったことや

お米が無くていつもお腹が空いていて、顔が写るようなおかゆに

小さな芋を浸して食べていたことなど、昨日の話のように語っておられました。

 

 

テレビで戦火のウクライナの様子を見ているうちに、胸が痛くなって

テレビを切ってしまうそうです。

兵戈無用

 

 

兵戈無用(ひょうがむよう)

「兵」と「戈」は軍隊、武器を意味する言葉です。

釈尊は、人の住むこの世に戦争はいらないことを宣言されているのです。

浄土三部経のひとつ『大無量寿経』巻下に「仏の歩むところ、あらゆるところの、

あらゆる人々はみな、その教えの尊さを思わない者はいない。人々のこころは、

豊かに安らかであり、兵士や武器を全く必要としない世界である」と示されています。

 

『天下和順 日月清明 風雨以時 災厲不起 国豊民安 兵戈無用』

 

「兵戈無用」などというと、世の中そんな簡単なものではない。

エゴとエゴのぶつかり合い勝ったものの世界だ。平和ボケや理想論だと片付けられて

しまいそうですが、この世界こそ私たち念仏者のめざすべき世界であろうと思います。

 

親鸞聖人がお手紙の中で、「御念仏こころにいれて申して、世の中安穏なれ、仏法ひろまれ」

と述べられています。まさにこの「兵戈無用」の世界を願っての歩みが、念仏者の生活

そのものであるということを示されたお言葉でした。

 

 

いま、ロシアがウクライナを取り戻すためという一方的な戦争をおこして

戦闘機がミサイルを撃ち、戦車が古都キエフに迫っているという報道がありました。

この街は日本でいえば京都や奈良にあたる美しい都だそうです。

そこに爆音や硝煙、子どもたちの涙は相応しくありません。

紙芝居「願立寺の山門」⑥ 人々の受難と横暴
2022.2.13|法話・感話

 

◯落ち着いた江戸の世も移り変わり

 

山の噴火や、大きな地震がいく度もおそいました。

 

たくさん雨が降りつづき大水で家も畑もみんな流されたのです。

 

またあるときは、日照りが続いて作物が実らず、みんな枯れてしまって

多くの人が食べ物にこまったときもありました。

はやり病が続いてたくさんの人々が亡くなるもことも重なったのです。

 

そんなときも

少なくなったお米を、えらい人たちが独り占めして返してくれません。

困った人たちは、何度もなんども助けてほしい、助けてくださいと願い出たそうです。

 

 でも、ダメだった・・・

紙芝居「願立寺の山門」⑤ 権現さんから願立寺へ
2022.1.14|法話・感話

 

 

がんちゃん

 「えー! そんなところから運んできたの?」

 

  がんちゃんはとてもビックリ。

  だって、このお寺からお城近くの権現さんまで、

  とっても遠いからです。

 

  江戸の時代は、今から言えばいろんな問題もありましたが、

  長いあいだ落ちついた平和な世の中が続いたこともたしかです。

 

  みんな、このままいい世の中が続くと思っていました。

 

  ところが・・・

     そのうちに・・・

        えらいことが・・・

紙芝居「願立寺の山門」④ 大阪城と北極星
2021.12.20|法話・感話

 

 

 

ご院さん:「この山門はな、いつまでも変わらない

    平和な世の中が続くことへの願いをこめて

    「不動の星」あの北極星にちなんでお城の北側にたてられた、

    川崎東照宮という大きなお宮さんから持ってきたんじゃよ。

 

    いつもいつも真北に見えているあの星みたいに

     ひとつも変わらんのじゃよ」

 

    「そのお宮さんはニックネームもあってな

     みんなが、親しみをこめて

     権現(ごんげん)さん、権現さんって呼んでいたんじゃ」

紙芝居「願立寺の山門」③ 葵の紋様
2021.12.15|法話・感話

 

 

ご院さん:「いやいやおふたり、これはこれは

     珍しいところに気が付かれましたなあー。

     実はこれなあ、葵の紋と言いますのや」

 

◇ハイカーさん:「ええ~、なるほど!葵の紋でしたか」

ご院さん:「そうです。実はこの葵の紋はむかし、

     江戸の時代をつくられた徳川家康さんのマークなんですよ」

 

◇ハイカーさん:「家康さんの紋、ああ、そうやったわ!

     へーーこんなところに・・・。

     ありがとうございました」

 

そう言って女の人たちは門の前を帰っていかれました。

     でも、がんちゃんはそんな珍しい瓦のある山門がどうして

     このお寺にあるのか気になって仕方がない様子です。

 

ご院さん:「よしよし、がんちゃんよ、

     それならすこし詳しくお話ししてみようか」

紙芝居「願立寺の山門」② 歴女さんのお尋ね
2021.12.8|法話・感話

 

 

がんちゃん:「え!!、か、瓦の事ですか?」

     「ちょ、ちょっとお待ちください! 

      ご、ご院さーん。

      山門の瓦についてお尋ねの方がきてはりますよ!

      ちょっと出てきてください!」

 

ご院さん:「何ですかな?、え?、はいはい!」

      「まあ、ようこそお尋ねくださいましたーーー」

 

ご院さんが急いで裏からやってきました。

紙芝居「願立寺の山門」① 瓦の紋からのメッセージ  作:わししんしょう 絵:やすいさなえ
2021.12.1|法話・感話

 

お寺のオリジナル紙芝居、「願立寺の山門」

    〜瓦の紋からのメッセージ〜の連載です。

 

 はじまり はじまり

みなさん、見てくださいこの山門。普通のお寺にしたら、

  大きくて立派ですよね。

  おやおや、見習い小坊主のがんちゃん、

  今日も一生懸命山門の前を掃除しています。

  そこにハイキングのお二人の方が通りかかりました。

 

◇ハイカーさん:「こんにちはかわいい小坊主さん!

     ちょっとお聞きしますが、

     この門の瓦についている模様何だったかしら?

     このあたりのお寺で、あまり見かけませんが?」

 

山門の瓦の紋を見て、がんちゃんに話しかけました。

 

がんちゃん:「え!!、か、瓦の事ですか?」

     「ええーっと、ええーと・・・ 」

 

本当のご利益
2021.10.19|法話・感話

 

親鸞さんの生きた平安末期から鎌倉時代、流行り病に当然ワクチンはないし、

特効薬もありませんでした。

ただ、祈る時代の疫病だったから人は当然次のように言うはずです。

「ぼんさん、どうにもならんのか」

「こういう事には力にならんのか」

それは現代でも同じ、東日本大震災でも言われたことです。

 

しかし親鸞さんの文章には「疫病退散のまじない」は無いのです。

お釈迦様もそうでなかった「病気にならない法」は説かなかった。

「不老長寿の法」「死なない法」「死者を甦えさせる法」等々が期待された時代ですが

一切説きませんでした。

ときに「仏教ってご利益が無いんですね」と言われることもある。

本当のご利益とは何かを尋ね極めたのが親鸞さんであり、お釈迦様なのです。

 

私たちは目の前の都合の悪い事を取り除けが「助かった」と言う。

あれば、問題はまた起こる。そしてまた取り除いてもらわないといけない。

それは、ずっと問題から逃げ続ける生き方になるではないか。

様々な事が起る中で、逆境であっても順境であっても生きていける。

たとえ失敗しても、上手くいかなくても、病気になっても強く生き抜ける。

極端な話が、死んでもあたりまえと頷けるたくましい生き方が本来の念仏なのだと。

報恩講執行2021

 

 

101617日との両日、報恩講のお勤めをしました。

 

16日は暖かい快晴で、夜に前線通過の雨風、17日には雨上がりの快晴という

コロコロかわる秋の天気でしたが運良く皆さんの参詣は足下が濡れることはなく

良い天気に恵まれました。

新型コロナ感染が急激に減少して、少しはホッとされたのか、

ご参詣も普段の賑わいに戻ってきました。

マスクを外さず、手指消毒し体温を測るなど感染対策をして、

ご講師の先生には不便ながらビニール越しのお話しをお願いしました。

 

勤行:   正信偈 和讃:  五十六億七千万

法話:   正行寺前住職 當麻秀圓師

講題: 「聖人一流の御勧化のおもむきは」

 

たくさんの御文の中でも特に有名で簡潔なお言葉から、親鸞聖人の特に大切にされた

お念仏の心を分かりやすくお話しいただきました。

「吊るし柿」は元々は「渋柿」、「渋」を消したり捨てたりせず渋があるまま、

太陽に光に照らされて甘く転換していく。

それは煩悩を消し去れない私たち凡夫にいただく弥陀の本願ではないかと。

今年も彼岸花が咲きました。

 

 

真っ赤な彼岸花が見頃です。

 

暑さも一区切りで朝夕の風が秋を感じさせる頃になると

不思議な程、きっちりと咲きだします。

気温が下がった頃という感じがしますが、昼と夜の日照時間によって

開花するとも言われます。

 

また種を作らず、球根で増えるのが特徴で、これは誰かが植えたということです。

毎年同じところに咲続けていて、多分先代が植えたのだと勝手に思っています。

 

「そろそろお彼岸やぞ、本堂の準備できてるか」と、だれかの声が聞こえるようです。

 

 

◎彼岸花 (別名・曼珠沙華)

彼岸花を「曼珠沙華」(まんじゅしゃげ)と呼ぶのは仏教からきたともいわれ、

お経にはお釈迦様が法華経を説きおわったあと、結跏趺坐され瞑想三昧の境地に入られた時、

天より曼陀羅華・曼珠沙華が降り注ぎ、それが仏の上や諸々の大衆に散らばり、

仏の世界は六方に震動したと表現されています。

 

・曼珠沙華・・四華の一つで、法華経が説かれる際の瑞兆として天から降り、

柔軟花赤団華とも漢訳され、赤い花とされ、見る者の固い心を柔軟にするともいう。

  (岩波仏教辞典)

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