イベント行事
2019.10.21|イベント行事

2020年 年間法要・行事案内

 

1月 1日 00:00,10:00 修正会
1月 1日 00:30 天体観望会(晴天時)
3月20日 14:00 春・彼岸会
3月27日 13:30 蓮如忌
4月6日 14:00 こども花まつり  (ブットン君が来ます!)
4月7日 14:00,19:00 永代経法要         法話:竹林真悟師
5月22日 08:30-17:30 旧跡巡拝ツアー   (京都・城陽方面)
7月7日 19:00 お寺コンサート(邦楽の夕べ)
8月15日 12:00 盂蘭盆会・戦没者追弔会
9月23日 14:00 秋・彼岸会
10月9日 19:00 おみがき
10月16日 14:00,19:00 報恩講                法話:當麻秀圓師
10月17日 14:00 報恩講                法話:當麻秀圓師

 

毎月 7日 19:30 婦人会定例
毎月27日 13:30 お逮夜法座

 

◇5月の旧跡巡拝ツアーは申込み制(定員40名)
◇真宗落語会 or お寺コンサートは隔年交代実施
◇子ども花まつりは幼児・小学低学年対象、お話やゲーム
◇天体観望会は現象により臨時開催、天体望遠鏡で見ます。

     6月21日16時〜 「部分日食を見る会」先着30名日食メガネ配布 (次回は10年後)

 

◆法要や納骨について

   ⚪︎葬儀(枕経・通夜・中陰等)、月参りや年忌法要等

   ⚪︎納骨は、胴骨はお墓に、本骨(頂骨)は然るべき処に納骨しましょう。

      納骨先として本山(東本願寺)が望まれますが、大阪では難波別院、

      八尾では八尾別院大信寺をお勧めしています。

      お墓納骨が叶わない場合は、本山直轄の大谷祖廟(京都東山)に納骨

      されるのも望ましい真宗門徒のお姿です。

  いずれにしてもご希望をお伺いし、ご相談に応じます。

報恩講厳修2019
2019.10.17|願立寺日記

台風の合間の好天に報恩講が勤まりました。

いつもなら、台風が外れてよかったねと言ってるのですが、今回は関東、

上信越そして東北の洪水被害が甚大でその言葉が出ません。

気仙沼の星友からも、近隣の水没画像も送られてきました。

只々、一日も早い復旧を念じております。

 

 

報恩講 16日昼夜、17日昼の各座。
ご法話は當麻秀圓先生にお願いしました。

 

今年のテーマ「 ご恩に報いる 」

 

報恩の「恩」の深い意味を通して真宗の心、お念仏を分かりやすく

老獪に笑いを交え、お話ししていただきました。
夜の座では若院が御伝鈔上巻の拝読を勤めました。

 

法座が終わったあと先生から「お若い方々が増えましたなあー」との声
念仏相続、がんばらねばと思いました。

 

年行司は巽町3班の皆様、総代、各町委員の皆様
御世話を戴き有難うございました。御礼申し上げます。

 

 

 

 

太田の秋祭り 「地車曳行」
2019.10.13|願立寺日記

太田の秋祭り「地車曳行」です。
関東信越に大きな被害がでた台風19号が通過して台風一過となり
快晴となりました。

 

子供たちが綱を引き、青年団が地車に肩を入れます。
村では各町一台づつ計6台の地車が村を曳行されます。
北町の地車がお寺の山門前を大きな掛け声とともに通過します。

 

おみがき
2019.10.9|願立寺日記

年行司の皆さんで「おみがき」をしました。

ご門徒さん、各町の班ごとに輪番制でご奉仕を戴いております。
毎年の報恩講を前に、お内陣の仏具(金物)をお掃除し、

ピカピカに磨きあげてくださいました。有難うございました。
台風が近づいて少々心配ですが、これで報恩講を迎えられます。

 

ご参加の◯井さんが前回参加の時の写真をお持ちくださました。
18年前ですので、それぞれ代替わりして懐かしいお顔や修復前の

堂内を思い出しました。

 

写真は今年の様子です。お疲れ様!

 

 

報恩講が勤まります
2019.10.4|願立寺日記

今年も下記の日程で2日間、拙寺報恩講が勤まります。

ご門徒内外の皆さんどなたでも、誘い合わせどうぞて御参詣ください。

正信偈のあと法話があります。

 

令和元年10月16日(水)午後2時~、午後7時~の二座,(夜の座で御伝鈔の拝読あり)

令和元年10月 17日(木)午後2時~、一座

法話:正行寺前住職 當麻秀圓師

※本年の御伝鈔は上巻前半の拝読です。親鸞聖人ご誕生から得度へ。

 

秋彼岸に想う②「二河白道」
2019.9.23|法話・感話

 

旅人が西に向かって行くと突然火の河と水の河に出ます。火の河は南に広がり、

水の河は北に続いていると二河白道の喩えがあります。

 

最近の夏は猛暑続きでクーラー無しでは過ごせなくなりました。汗まみれで耳の近

くに蚊の羽音が聞こえるとちょっとしたことですが嫌なものです。また、

冬は冬で底冷えして風邪をひいたときの辛さは譬えようもありません。

子どもの頃、暖かさを取り合い兄弟で火鉢の良い所を取り合って喧嘩したものです。

まさに「貧愛水のごとし」でした。

そして旅人はその二つの河の中間に白い道を見つけると描かれています。

それが彼岸への道であろうということです。

 

善導大師は続いて「中間の白道四五寸というのは、衆生の貧愛・慎憎の中に

清浄願心を発すに喩えている」と説明されています。「貧愛・慎憎の中に」

とはまさにその通りだと思うのです。春の彼岸の時は、これまでは「やっと

寒い冬が終わった」と思っていましたが、そうでなくて、「これからあの

嫌な暑い暑い夏がやってくる」その中で私はどう生きるのか?と。その中に

身を置いて考えるときではないでしょうか。秋の彼岸もまったく同じことです。

 

私たちの人生は楽しいことばかりではありません。人はいろいろな悩みや苦しみを

持って生きています。でも、人は苦しみや悲しみから逃げて幸せになるのでなく、

苦しみや悲しみの中に救われていく道があることを示してくださっているのです。

 

我々は年々、齢を重ねてゆきます。一歳一歳、齢を重ねるごとに体調に問題が

おきてきます。膝が、腰が痛い、目がかすむ、物忘れが・・・と。よく考えれば、

あたりまえの事なのに若い頃はもっとしゃきしゃきできたのに、と元気な時と比べて

愚痴を言ってしまいます。それを悲しみ苦しみにしてしまうか、白い道は細いけど

しっかり歩みを進めるのか。

「今こそ救われる時なのだ」ということを心に留めて生きて行きたいものです。

秋 彼岸に想う① 「二河白道」
2019.9.22|法話・感話

ガンジスの日の出

 

この時期になると日本ならではの季節の言葉「暑さ寒さも彼岸まで」が

しっくりときます。

つい最近までの35度を超える猛暑続きの日から、夕方が早くなって気が

付けば蝉の声が虫の声に変ってきました。

 

私たちは四季折々の季節感を取り入れながら生活してきました。

仏教が生まれたインドの仏教徒は乾季雨季というより、お釈迦様に関わる

時期を大切にされてきたと聞きます。

お釈迦様誕生の4月8日は「誕生会」。悟りを開かれた12月8日は

「成道会」。2月15日は「涅槃会」と言ったものです。お盆(盂蘭盆会)

も忘れてはいけません。

 

「彼岸会」や「修正会」は仏教が日本に伝来してからのいわば

日本風土に根ざした特有のものと言ってもいいものです。

こうして見てみると全部に「会」という字がついています。

これは「法会」ということです。つまり、いろんな時期や大事な日を

ご縁として仏法にお会いする、ということなのでしょう。

私たちの日暮らしは中々余裕がなく仏法に会うことがありません。

そこで、なにかを機にして仏法を聞く時と場を設けることをされて

きたのだろうと思われます。

 

お彼岸にどのような意味があるかといえば、その日は太陽が真東から昇り、

真西に沈むことから、西方浄土に至ることと彼岸に至ることが重なって

 到彼岸の意味が示されているといわれます。しかし、実生活の上では真東、

真西かということより、やはり暑さや寒さの境といった方が実感的な

気がします。

さて、彼岸と言えばいつも思い出すのが善導大師の「二河白道の譬え」です。

終戦の日
2019.8.15|法話・感話

月参りでのお話し  終戦の日

 

「院主さん、あんたの息子さんが戦争に行って
戦死するようなことあったらどう思いなはる」

 

戦前戦後を生き抜かれたお婆さんの一言です。
ドキッとしました。

 

わたしら戦前の教育を受けていたからそれが当たり前、
かえって名誉な事やと子ども心に思っていました。
今の時代から見たら考えられん事ですわ。

 

うちは父が兵隊に行くには歳とってたさかい、いかなんだ。
おまけに、兄がいない家やったさかい
お国の為に兵隊に出さん事、つまり役にたたんということは
何となく世間さまに申し訳ないことやと思っていました。

 

隣村で戦死しゃあはったとき、葬式の行列が立派で
軍服に白いタスキをかけて周りを日の丸で囲まれて
いるのみたとき、お国の為に立派 に尽くされたんだと
ほんとに思ったもんです。
影で家の人が泣いてるとも知らんと。

 

8月15日の終戦の日、畑で水車を回す手伝いをしてて
父が、「なんや、お昼に天皇さんが話あんねんて」
ということで家に帰ると、いつもは昼の間、足洗ったこと
ない父が足をきれいに拭いてラジオを聞いてんねん。

 

天皇さんの放送が流れても国民学校初等のわたしには
何のことか分からへんかったのですぐに遊びにでました。

 

友だちから、「日本負けてんで」って聞いたとき
「そんなん、ぜったいあらへん!嘘やろ」と、
本気で思ってました。

 

だから教育って一つ間違うたら怖いもんでんなということ
今の時代やからこそ、つくずく思いま。

 

こころに響く、語り継がなければならない
お婆さんの言葉です。

第7回願立寺寄席 真宗落語会
2019.7.7|願立寺日記

七夕の夕べ、第7回の願立寺寄席、真宗落語会を開催しました。
遅い梅雨入り、梅雨になってからの雨続きに足もとを
心配しましたが前日当日と好天に恵まれ、日曜日とも重なって
沢山の方々がお見えになりました。(85名)

 

今回のお題
林家染ハ 「軽業」
桂 治門 「犬の目」
桂小春団治 「夢観音」

 

染ハさんはお若いですが結構な大ネタ、鳴物も入る噺で熱演、
扇子に指を乗せて綱渡りの口上が目を引きました。

治門さんはこの寄席が始まった頃は「これが4回目の高座で」と汗をかいて
おられましたが、そろそろベテランになられました。犬の目をもらう古典で

落ちもよく知られていますが皆さんの爆笑を誘っていました。

小春団治さんはさすが、オーラがちがいました。親鸞聖人の御遠忌
に合わせて創作された噺で親鸞と恵信尼さんを引き合わせた観音さま
が現代に…

 

又二年後にと皆さんに約束して、笑いのひと時をお開きとしました。

来年は「お寺でコンサート」を予定しています。

 

 

山里の鹿
2019.1.18|法話・感話

先日、山里で深夜、鹿とバッタリ出遇いました。
こちらを睨んだあと、あっという間にススキの原に消えていきました。
見事な角を持った、立派な雄鹿でした。
地元の方の話でも鹿や猪が増加して、せっかく丹精込めた農作物を荒したり、
木々の樹皮を剥いで枯らしてしまうなど、被害が出ているということでした。
前々から話には聞いていましたが、今まで見かけ無かった場所で突然出くわし、
こんなところにまで鹿が進出してきたのかと驚かされました。
地元の人たちは畑に電気柵を施し、真っ暗な段々畑に時々LEDの赤や青の
閃光が走るようになりました。山里での生活を守るやむを得ない自衛策だろうと
思います。遠く北海道では近年、本格的に鹿を駆除の対象にして、自衛隊の
助けまで借りて大がかりな応援協力が実行されているほどだと聞きます。
しかし、この事はつきつめて考えてみると、「全ての命が共に支え合っている」
ということを何処かにおき忘れた「人間の身勝手さ」と言わざるを得ないような
気がします。
鹿の増加は、かつて鹿を乱獲した影響で、天敵のオオカミが家畜を襲うように
なったため、オオカミを駆除し絶滅させてしまったことによる影響だといわれて
います。アメリカのイエローストーンでの鹿とバイソンやオオカミの関係や
個体数の調整などでも同様のことがあったと聞きました。
共に支え合っていることを忘れて、人間の都合で危険で嫌いなものは排除し、
可愛くて好きなものは大事にする。
ところが、条件が変わって邪魔になると一気に排除する私たちです。
仏法では、 「全ての命在るものは、人間の好き嫌いといった都合に関係なく、
それぞれが一つの尊い命として輝き、互いに支えあっている」と説きます。
何一つ無関係な命は無いのだろうと思います。
私たちが生きていく上でも、多くの命に支えられています。
そして、その多くの命を奪って自分の命としていますが、それになかなか
気付かないまま当たり前のように猟をし、食料としてしまっている私たちです。
人間同士が支えあっているだけではなく、全ての命に支えられているという
感謝の思いと同時に、多くの命を奪い続けてしか生きられないという意識を
持つことが大切なのではないでしょうか。
« 前のページへ 次のページへ »