法話・感話

老人ホームと居場所
2025.4.16|法話・感話

境内のイチハツ。  この頃一気に咲き出します。アヤメ科の先鋒、一番手です。

老人ホームと居場所

昨今の家庭や社会の変化とともに、老後の暮らしをどう考えるかが大きな課題となってきました。持ち家の処分や老人ホームへの「住み替え」を検討する高齢者が増えています。経済的に余裕があっても「後悔しないように」と準備をされながらも、理想と現実の違いを耳にされるといいます。

〇〇さんは奥さんと二人暮らし、真面目に地道に暮らしてこられたので、貯えと年金もそこそこあって、たまには旅行など気ままに生活を送ってきました。ところが高齢者仲間入りをして先々のことが心配になってきたといいます。気の付く奥さんと相談して早くから「終の棲家になる良い老人ホーム」の情報を集め真剣に考えました。

あちこちと現地にも足を運び、最終的に自然環境にも恵まれた高級老人ホームへの入居を決断。入居一時金や、月額費用も高額でしたが快適な老後のため最後の投資かと納得したといいます。

選んだ施設は山や海に囲まれた静かな立地、ジムや図書室、談話室、温泉付き浴場も完備で腕自慢の料理長監修の食事。医療サポートも充実してつねに看護師が勤務し、いずれ介護が必要になったときは対応可能で「ここで良かった、安心だ」と思ったそうです。ところがそんな理想的な生活は長く続きませんでした。見えなかったのは「孤独」と「違和感」だったのです。

入居後しばらくは、理想的な生活が続きました。掃除や食事の支度からも解放され、整った環境でのんびりと過ごす日々。おいしい食事と快適な住空間に、ここを選んでよかったと思ったそうです。

ところが、ふたりはその生活に「空白」を感じ始めます。朝起きて、決まった時間に食事をとり、ロビーで過ごすか、それぞれの部屋で読書やテレビ鑑賞。気がつけば、毎日が単調でした。散歩も良いのですが見渡す限り、森と田畑が広がっているようなロケーション。環境はいいのですが、なにより刺激がなく毎日が単調で息苦しさを感じるようになったのです。また人間関係にも壁を感じる毎日でした。高級と名の付くホームですから、地元の顔役や医師、社長、談話室では自慢話の数々、違う地域から引っ越してきた○○夫妻にはついていけない、呆れるような内容ばかりで、自然と距離ができてしまったそうです。

「静かな環境は魅力的でしたが、それだけでは満たされないものがありました」と○○さんは話します。

自宅では近所づきあいや買い物先での立ち話など、ちょっとした人との交流、面倒ないざこざも含め、今から思えばそこに「日常」が存在していたのです。ホームでの生活が数か月を過ぎたころ、夫妻は再び話し合いを重ね、「このままここにいるのは違う」との結論に至ります。幸いだったのは、入居に際してすぐに自宅を処分していなかったことでした。奥さんの「しばらくは様子をみてから考えよう」とされたことが良かったのかもしれません。

ふたりは自宅に戻り、改めて「本当の自分たちの居場所」を考え直すことにしました。一度理想を追い求めてみたものの、実際に体験してみて、「本当に必要だったのはこれではなかった」と気づくケースも、今後さらに増えていくかもしれません。

寺報東光2025-5より

[参考資料]内閣府『高齢社会に関する意識調査』

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